制作ワークショップ終わりまして

なんとかかんとか、無事にワークショップ終える事が出来ました
スタッフ・関係者の力により、概ね粛々と進行出来たものと考えています

遠方からの参加者や異ジャンルの参加者に比べ、地元の参加者があまりに少なかった事は大きな問題として反省しなければなりません
開催時期の問題もあるでしょうけど、厳しいスケジュールの合間を縫って、東京・大阪・仙台から駆けつけてくる人達がいることを考えると、根源はそこではなかろうと思うのです

3回まではこの名古屋演劇プロデュース・ワークショップをやるとは言っているので、猛省と対策は徹底しなければなりません

・・・こんな事言うと、団体の代表としてどうかとも思うんだけど、東京と大阪と仙台に行かずしてその土地の匂いを感じられたので、その土地への交通費だと思えば非常に安かったなー
あれだけ朝から朝まで毎日有意義な時間を過ごせる機会は稀有ですからね


一つ一つの現場で、一つ一つこなして行くしかないのですかねー・・・
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# by macaroni-2004 | 2004-10-20 10:01 | 演劇制作  

地元。

制作ワークショップの申込み締切りを延長している
名古屋を拠点とする団体からの参加希望の比率が低く、正直困惑している
地域の枠を超えて訪れて下さる方々には感謝なのだけれど、本来は名古屋の制作者が主な対象者なので、本末転倒になってしまう

申込み締切りを延長して、スターキャットTVでも今日は生放送でアナウンスをした
少しでも反響があればと必死だ
後は切迫せず、当日を粛々と運営する。それしかない

明日はもう会場入りだ
どうにか明日のお昼までに、1人でも多くの制作さんが申し込んでくれる事を祈る
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# by macaroni-2004 | 2004-10-14 19:44 | 演劇制作  

私はお客様だと思っていない

誤解を恐れずに書きます

チケット代を払って時空を共有する人達の事を、私はお客様だとは思っていない
なぜなら、それは市場原理の世界の概念だから。自分にとっての演劇は消費ではなく、人生だから
もちろん、資本主義社会に暮らしているのだから、そのシステムを使用せざるを得ない嫌いはあるし、システム自体に縛られてしまう恐れも否定は出来ない
しかし、演劇=消費という概念でいる人間には、正直ゲンナリする。出来る事なら一緒に仕事はしたくない

そこを歩いていたり、座り込んだりしているヤツにこそ、私は演劇を届けたいし、共有したい
社会に暮らす1人の若者を被写体とするならば、演劇はそれを映すレンズだ。その映像を観客というフィルムに刻み付ける
これが私の考える演劇と観客の関係だ
同じ芝居の価値が観客それぞれにとって違うのは、そのフィルム(観客のハート)やエンジン(観客の脳髄)が人それぞれ違うからじゃないかな

演劇公演という一つの画を構築するためには、被写体があり、レンズがあり、フィルムがあり、エンジンがなければならない。どれが欠けても演劇公演は成立しない
痺れる公演を成立させるために、私は観客という仲間と時空を共有したい

・・・まぁ、実際は演劇自身が何者かを構築して発信していると考える向きもあろうけど、喩え話なのでそこは大目にみてね""


演劇を創るヤツラだけが大航海に出る仲間じゃない。港で寄港を待っているヤツラも、大航海を支える仲間なのですよ
チケット代を払ってるから、私はお客様って思うんだったら、大橋が手掛ける作品じゃなくて、最大公約数を受容するためのマーケティングを行っている、市場主義の塊のような表現を観に行ってくれよ。うちには来なくて良い
観客の好みを分析し、好みに合った作品を生み出す需給のマシーン。そんなん、面白いんかね?


社会に対して閉じている集団の多くは、観客を無自覚的に「お客さん」として扱っているのではないだろうか

違う。仲間なんだよ。港で待つ仲間を裏切らない想い。これで、演劇が出来るんだ
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# by macaroni-2004 | 2004-10-08 00:37 | 演劇制作  

かゆい

今日は某ホテルの新商品発表会に行って(出稼ぎでね)、その後折込み・・・予定だったんだけど、あまりに体の発疹がひどく、予定を押しに
おかげで午前中はNGになっちゃったけど、おかげで復活

パスタ食って肉食って寝る。これに限るね
メガチカと翔航群が一段落して、体の筋が一瞬緩んでしまったんでしょう
って、緩んでる場合じゃなく、もうすぐそこまで制作ワークショップは迫っているわけですが
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# by macaroni-2004 | 2004-10-07 00:31 | 日々の雑記  

出稼ぎ

出稼ぎシーズンがやって参りました
某メーカーの販売のお仕事なんだけど、いきなりポツンと1人で投げ出されるらしい
2・3日の研修終わったと思ったら、いきなり1人で販売店に飛ばされるらしい。マジか

僕達演劇人っていうのは、結構器用な人が多い(生き方は不器用でも)
翔航群の人とも話題に出してたけど、営業にはやっぱり向いているのだ
いかに物を売るかという時代にあっては、演劇という他者の気持ちを理解して歩み寄っていくものを経験しているか否かは、大きな違いだ

社会との接点を持ち続ける意味でも、出稼ぎは決して悪い事じゃないと思う。それで忙殺さえされなければ
・・・しかし、不安だ。機械の事を理解しているかどうかが、まずもって不安だ
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# by macaroni-2004 | 2004-10-05 10:17 | 日々の雑記  

ショックなとき

オオハシのスタイルや考え方を何にも見られないで、いると便利な人という扱いを受けた時
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# by macaroni-2004 | 2004-10-03 00:27 | 日々の雑記  

あたふた、あたふた。

そんなこんなで、今週も小屋入り。今週は翔航群だ
長年積み重ねたものがある劇団は、一つ一つの対応にも安定感がある
劇団員のプロ意識に乏しいメガチカとはそこが最も違う点かもしれない

今週も折込み600部一斉折込だ
先週は予約が月曜の時点で各ステ20名程度だったために、アナウンスから下方修正をしたのだが、まさかの折込パンフ切れをしてしまった
いくら日時指定+当日前売同一料金でも、週末までに7倍するなんて経験した事が無い
いかにそれまでサボってたかだな(笑

再結成(旗揚げ)・2回公演と300名そこそこだった観客が、一発でトータル700になると流石に気持ちいぃ
これも、今まで何をしていたんだって話だけどね(^^;;
お通夜のような打ち上げは、絶対経験したくないからね
公演を追加して行けば、どこまでも入り続けるという錯覚を覚えたのは、今回が初めてだった

さ、アンケート作るべ
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# by macaroni-2004 | 2004-09-28 23:28 | 演劇制作  

確信

刈馬カオスの作品はこれまで幾本も観ているし、スタッフとして関わってきたけれど、ようやく刈馬の才能に確信が持てました
今までは、面白いけど、どこかに不安が常につきまとっていました。刈馬カオスという存在が、次々と先駆者の弾丸に貫かれて行く過程で、痛々しさばかりが先に立つ瞬間もありました

今回は違った。模倣の果てに渦を巻いて立ち昇ったのは、紛れも無く刈馬カオスでした
残念ながら彼は天才と呼ぶには才能が乏しい。しかし、彼の努力は遂に実を結びました
ようやく彼は誰も踏みしめた事の無い大地を発見したのです。その風景に、オオハシは懐かしさも覚えました。しかし、そこに存在していたのは、紛れも無く新しい刈馬カオスでした


美術・映像のお客様のアンテナとは、ズバリ共鳴しました
高校生招待も、未来に向けての種撒きとしては、まずは成功と言えるでしょう
劇団員の手売りも伸びました。彼らが社会に向かい始めています

前回公演からは動員が約倍になりましたが、この作品をたかだか1000名にも満たない人しか観ていないというのは、問題でしょう。世界でここだけで起こっている現象なんだから
次回公演もうざっと倍増して、1000名入れられなければ、オオハシは制作者として失格でしょう。これだけのものを突きつけられたのだから、当然です

今後、アンテナをより研ぎ澄まして、才能を受信します。次回も美術・映像の方々には発信したいと思いますが、次は文芸の方との交流も必須だと考えています
まぁ、このあたりは追々・・・
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# by macaroni-2004 | 2004-09-27 02:00 | 演劇制作  

作風とかそういうのは関係ない

今、オオハシはある道場に出入りしています。武道ではないです。トーク道場です。
で、そこの道場長が考えている事と、刈馬カオスの世界がどうやら共鳴するらしいという事を発見する

以前オリザさんに、天の煙のオーディションを名古屋の演劇人があまり受けない事について、作風の違いをオオハシは理由として挙げたけれど、ほんとにそれは関係無いね(実際にオーディンションを受けない理由には考えられるんだけど)

そこにあるメッセージやドラマ
それだけだ。形態は関係無い
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# by macaroni-2004 | 2004-09-24 11:10 | 日々の雑記  

俺、本番に向けてテンションガンガン上げるぜ

制作者のテンションっていうのは、役者や演出家と比べてギャップがありがちだと思う

実際、果たせる大きな仕事というのは、キャスティング前だったりするんだよね
公演の企画段階でのそれらは、やっぱり大きな役割だと思う
劇場との交渉・助成や協賛の申請・上演許可依頼・・・

オオハシが1から立ち上げるような芝居は、大体1年半から2年ぐらいは欲しい
まずもってして、この時点では演出家と主要な役者ぐらいしか決まっていなかったりする
だが、ここでどれだけ踏ん張れるかが舞台の良し悪し・社会における公演の立ち位置を決める。稽古開始の時点で、あー道半ばまで来たなという実感が沸いてくる。期間としては稽古期間の2ヶ月程度に比べて1年半とか2年とかなんだから、そりゃやる仕事も多い

稽古への同伴や現場へ向かって出てくる一つ一つの問題を解決しつつ、小屋入りまで駆け抜ける。この時点で、10里の道なら9里ぐらいは走った感覚に陥る
本番のオペレートが残り1里だというのは、物作りをする創作部が加速度的にエネルギーを充填しながら爆走するのに比べ、どうしてもピークゲージが上がる時期が違い過ぎるのだ

役者兼任の制作者の強みはここにある。役者無経験の制作者の弱みはここにある
つっても、役者と制作を兼ねるのには限界がある。兼任によって作品作りにも制作にも集中出来ないというのは、やっぱり弱みだ。ここに制作の難しさがある


違いはある。けれど、テンションのピークを創作現場と共に高めていけるよう、努力は必要だと思う。小屋入り直前・小屋入り中にこそ仕事を固め、テンションを高めるのだ!!
・・・こうして、小屋入り前に仕事をた~んと残しているオオハシは、バタバタの毎日を送るのでした。ひえ~。
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# by macaroni-2004 | 2004-09-21 01:28 | 演劇制作