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シャトナー研 折込み情報

シャトナー研の折込は、100部です。
7日(月)10:00~12:00まで。場所は七ツ寺2Fです。
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by macaroni-2004 | 2005-02-28 03:32 | 日々の雑記  

1年

七ツ寺のむつ子さんが逝ってしまってから、1年が経つ。早いものだ
大橋は偲ぶ会に出席出来なかった。ごめんなさい

むつ子さんがいなくなっても、相変わらずいい加減な運営で、小屋は建っている
でも、相次ぐ公共ホールのOPEN、G/PITを代表とする劇団アトリエ程度のコンパクトな小屋のOPEN、七ツ寺を巡る状況は厳しくなり続けている

それでも、青年団、燐光群、北区つかこうへい劇団などなど、日本を代表するカンパニーが来演しているのは不思議な話だ

七ツ寺には魔力がある。僕はそう思う。劇場が既に酔狂だ。狂っている
狂うというのは、何か凄いものと立ち向かっているからだろう
資本主義経済お化けと戦っているのは、間違いない

地元のやつが七ツで何か出来ないか。超ペーペーだった僕に、初めてチャンスをくれたのは七ツ寺だった

忘れてはいけないものがある
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by macaroni-2004 | 2005-02-28 02:48 | 日々の雑記  

風は吹き続けていた

セブンイレブンのお兄さんにメール便を嫌がらせのように大量に出して困らせた後、ふと思い立ってヨットハーバーに行く
”ふと”という距離でもないのですが、なんとなくシチュエーションが合致してしまったんでしょう


風は変わらず吹いていました。そう、同じ風でした
でも、確かに同じ場所だったろうに、違う場所かと見間違う程に違和感を覚えました
感覚のズレなのか、はたまた場所を忘れてしまうほどに時が流れてしまったのか

同じ風なのに、それは冷たく、平凡でした
何かが終わる、終わった、そんな時なんだろうね


乾いてすらいない。平温。虚しい。


何かが終わる前に、終わる時には、助けてくれた人には感謝と報告を伝えないといけないね
だる
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by macaroni-2004 | 2005-02-24 06:25 | 日々の雑記  

のだめ占い・・・

のだめ占いなんていうのがありまして、やってみました・・・

すると、「千秋様」になりました。

ぎゃぼー!
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by macaroni-2004 | 2005-02-23 02:23 | 日々の雑記  

同時という言葉

今、企画書を目下制作中なのですが、「同時」という言葉の使い方に苦心している
同時刻というだけでなく、同時代性や多発的な事象という広義があるので難しい
基本的な記載事項なので、大切にしないといけない


ぎゃぼー!
(のだめコミュニティに触発され、これからしばらくどんな内容でも文末はぎゃぼーで締める。たぶん、すぐ飽きる)
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by macaroni-2004 | 2005-02-21 12:07 | 日々の雑記  

音楽チャート4週目

音楽チャート番組内で、DJが次のようにコメントを添えた
「4週目にして、この順位はかなり上位期待出来るんじゃないでしょうか。」

よほどのプロモーションが事前からされていなければ、初登場で上位というわけにはいかない
普通の配給体制では、楽曲の力でランキングを駆け上るしかないのだ

・・・とは言っても、私達の演劇公演と比べれば相当な宣伝活動が展開されている
世の中の99%以上の演劇公演において、「4週目」は存在しない
音楽と比べ、作品の力で直接開拓していかなければならないはずなのに、それが伝わりきる前に幕は降りる

1日でも多く公演日を確保したい想いと、収容キャパシティ・作り手の負担が肩にのしかかる

面白い作品を創ったら、「ロングラン」とまで言わなくても、延長上演し易い仕組みを作れないものだろうか
ウィングフィールドの再演演劇祭は面白い取組みだったと思う。あれを進化させる形で、秀作は必ず社会に強く発信して行くなんて事は出来ないだろうか
劇場を無制限に確保する事は現実的に困難だろうから、一定期間を置いた再演が現実的だろうと思う


「再演推奨作品制度」を設けて、劇場や公的機関が秀作の再演を推進するのだ
海のものとも山のものとも思えないものに巨額の支援を与えるより、よほど良いと思うのだけれど、どうだろうか


一方で、「再演では集客出来ない」という声も耳にする
これ、つまんなかったのに「無理やり再演してる」んじゃないのかと思う
そこを見分ける学芸員なりが必要なんだろうなー
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by macaroni-2004 | 2005-02-16 01:16 | 演劇制作  

純愛映画は詩的か

『世界の中心で、愛を叫ぶ』 『いま、会いにゆきます』 らに代表される「純愛」と評される映画が昨年は堅調な興行成績をあげた

ある評論家が、これら純愛映画をさして、「詩」のように楽しむものだと評していたのが印象的だ
詩のように美しいと聞けば聞こえは良い。しかし、世界構築がアマク、ハッキリとしない曖昧な存在を、明らかに揶揄していた
「男女の関係性は曖昧」「夢と現実の境界も曖昧」「生と死すらも曖昧」であり、そこに物語性など存在しない。リアリズムからは遠く離れた危機と、そこからの容易い脱却。それにより生まれる廉価なカタルシスを観客は堪能するわけだ

皮肉な話だけれど、庶民はこれらの作品を「わかり易い!」と言って消費して行く
おかしい。曖昧なはずのものなのに、なぜわかり易いんだ
そして、曖昧な境界を切り裂いた詩的な作品を観て、人々は「わかり辛い!」と拒絶する。不思議だ

私は思う。現実とはかくもわかり辛く、不条理なものなのだ!
そこから目を伏せ、わかり易い結論を私達は求めすぎているのではないのか

映画パーソナリティーの襟川クロさんは、「恋の映画で泣きたいという女性心理を押さえた作品が上位に並んでいる。女性が映画でひとときの気分転換を求めていることの表れではないでしょうか」と話している。
かくして神の見えざる手は、純愛映画を世間に投げ出すわけだ


もっとも、これらの映画で稼いだ大手配給会社(主に○宝)が、メジャー映画でも”先鋭的な作品”を創れる余力をつけているというのは、概ね一般論のようだ
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by macaroni-2004 | 2005-02-13 21:24 | 日々の雑記  

出稼ぎについて

大橋は出稼ぎをしています
「演劇=お仕事」に出来ないのです、僕は
技術スタッフの方でもそうでしょうが、制作は特に「好き」や「愛」が無いと出来ないのです
お金になる仕事があったとしても、エネルギーが湧き上がってこないと憂鬱になってベストなパフォーマンスなど到底発揮できない

そんな私の新しい出稼ぎ先は、いわゆる地元のプロモーターさんです
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by macaroni-2004 | 2005-02-11 23:15 | 日々の雑記  

愛知スーパー殺傷事件

報道にある通り、イトーヨーカドー安城店で悲惨な事件が起こった
刑務所に戻りたかったのか、普通の精神状態では無くなっていたのか、それはわからない
衣食足りて礼節を知るという言葉があるけれど、それの果てなんだろうか。それとも、その状況を導いてしまった他の何かが原因なのだろうか

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by macaroni-2004 | 2005-02-05 11:28