零れ落ちたものしか信用出来ない

芝居をやっている理由というのは、人それぞれだと思う
何がしかトラウマがあるから、それと向き合うために、克服するために、あるいは補完するために続けているという人は少なくない

もちろん、スターになるぞ!!と、この道の先駆者に憧れて始めるような人もいるんだろうけど
私のまわりには、どちらかというとそういう人は少ない
私自身が、自分のトラウマと付き合うために芝居をやっているからだろうか

ここで考えるべきは、果たして自分のトラウマを癒すために芝居をしていて良いのかということ
誰かにプレゼントをするために芝居をしているのではないのか
先日、COMBi本陣に入居しているNPOの方が「最近のボランティアは、自分の居場所をみつけるために活動しているという人が多くて大変なんです。人とコミュニケーションがとれないんですよ。」とおっしゃっていた
自分がボランティアをされに来ているってのは、ボランティアとしてどうなんだ
それと同じ類の違和感を自分自身に感じている


いやしかしだ
自分の体を通して、零れ落ちたものだけに真実が宿るのではないか
その真実なくしては、プレゼントにはならないのではないか

いずれにしても、自分のトラウマを癒すためだけの活動はあまりに力弱い
それでは何も変わりはしない。自分自身すらもね。たぶん。
[PR]

by macaroni-2004 | 2008-07-02 13:30 | 日々の雑記  

<< 大橋珈琲店の看板。 ハワイにしようかな >>