売りは僕の熱。

演劇ラボのPRについて、孤高で優秀な演出家である友人のアドバイスを受ける。

「ラボのページ、デザインとしてはカッコイイけど、企業ならこれぐらいのホームページは2日で作る。こっちが売れるのは熱だけなんじゃないの。」「この企画で売れるのは、大橋君だけなんじゃないか。」

TTPメンバー3人で必死に作った手作り企画
でも、大っきな企業がやってる企画のフリをするために、多くのエネルギーを割いていたんじゃないか…。嗚呼、何て自分がわかっていないんだ。
今はギリギリのところで、講師と受講生のみなさんの参画、ご理解で成り立っている


うん。
そういえば自分の言葉で各講座や講師について語りかけた時、受講生のみなさんからは熱い声が返ってきていた。ああ、そうなんだ。誰も僕なんかが装う企業モドキ企画に期待していないんだ。

改めて、自分の想いを届けるため、自分が一歩前に出て、プログラムとクリエイター達を世に送り出して行こう。

ああ、怖い。ホントに怖い。涙が出てくるよ。




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大橋敦史(オオハシアツシ)。
東海シアタープロジェクト・代表。
1980年生。愛知県半田市出身。

1995年、愛知県立半田商業高等学校演劇部で芝居を始める。“自己をみつめ、他者と向き合い、関係を作る”演劇の持つ力と出会う。演劇を世に広める事を決意し、プロデューサーを志す。98年、名古屋学院大学入学後ESSドラマセクションに所属。以後卒業まで、幾つかの英語劇にキャスト・演出として参加する。在学中、演出家・加藤省吾に師事。同年、「名古屋市青少年文化センター・アートプロデュース講座」受講。

2002年、七ツ寺共同スタジオ30周年記念事業・七ツ寺プロデュース第10弾『ソウル・ガーデン~透明な夏、夕立音楽は祭りの如く、その他もろもろ~』で初めての制作・プロデュースを手がける。同年より04年まで、知立市文化会館(パティオ池鯉鮒)事業部に所属。

03年より、フリーランスの小劇場制作者としての活動を本格化する。以降、「メガトン・ロマンチッカー」「西田シャトナー演劇研究所」「劇団翔航群」「NGKプロデュース」「双身機関プロデュース」「愛知県文化振興事業団プロデュース」等の名古屋製作公演のプロデュースや制作協力を手がける。「青年団・五反田団 連続上演企画」「shelf」「少年社中・ホチキス合同企画 劇団毛利と米山」等の来名公演の受入れに参画。他、名古屋公演を行う他地域の劇団・プロデュース公演のコンサルタント多数。

サロン活動にも精力的に取り組んでおり、在名学生劇団の互助組織「名古屋学生劇団協会」や、名古屋・東京の若手演劇コミュニティ「366.0 project」の創立に携わる。03年、社団法人日本芸能実演家団体協議会芸能団体データベース充実推進研究員として東海・北陸地区を担当。03年・04年、演劇プロデューサー育成企画「名古屋演劇プロデュース・ワークショップ」開催。06年、地域で活動する制作者の創造啓発ツアー「Producers meet Producers2006」参加。同年、一般市民参加型ワークショップ「演劇オープンラボ」開催。07年、小・中学生向け環境・表現教育ワークショップ「演劇で学ぼう!環境編」『環境警察2207in愛知』コーディネート。

同年、演劇博覧会「カラフル2」プロデューサー担当。
同年、「メガトン・ロマンチッカー×NEVER LOSE」『廃校/366.0』プロデューサー担当。名古屋公演終了後、メガトン・ロマンチッカーの長期活動停止に伴い東京公演中止(NEVER LOSEが単独公演を実施)。以後、七ツ寺共同スタジオ35周年企画には広報として携わるも、外部団体への制作・制作協力活動を全廃。“自己をみつめ、他者と向き合い、関係を作る”演劇の持つ力を社会に広めるという初志に立ち戻り、自主企画に専心する。

現在、多くの現場を渡り歩いた経験と人脈を基に、現場の一線で活躍する演劇人に協力を呼びかけ、「演劇ラボ」を企画・製作・主催する。また、2009年春開催予定の演劇博覧会「カラフル3」に向け、全国を駆け巡っている。
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by macaroni-2004 | 2008-06-05 03:53 | 演劇制作  

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