遊園地再生事業団『トーキョー/不在/ハムレット』  不在の連環

アメリカを始め西洋の人々は、日本を始めアジアの国々をオリエンタリズムな目線でしか羨望せず、日本はアメリカなんかを近代以降の目線でしか見ないという
いくらアメリカでカントリーが流行っても、それが日本に伝播する事はまずないわけです(マカレナなんかは例外だろうけど)

春秋座で「遊園地再生事業団」『トーキョー/不在/ハムレット』を観た
超巨大都市トーキョー。地方から現代の先端を求めて人々が集まる街
だが、人々は気づいてしまった。トーキョーは不在であると
冒頭の映像(チョーカッコイイ!)で、東京タワーから閃光が走る。街や人々に刺激が溢れ、活況し続ける街トーキョーが映し出される

が、不在なのだ
東京人は東京タワーには行かない。それはトーキョーが不在であると、多くの人々は気づいてしまったからだ
そこで未知の時空を求め、地方に眼が行くわけだ。北関東の北川辺には、強烈な磁場が走っている(実際の北川辺がそうだというわけではないだろうけど)
そこには、お化けであったり、伝説が存在する

「郷土を愛している。」北川辺に生まれた若者は、自己を否定する。そんなはずはない、と
その磁場に引き戻されてしまう自身のアイデンティティーを否定したいのだ


しかし、地方に行けば必ず未知の時空が存在するのだろうか
少なくとも地方都市名古屋の我々は、更に地方に眼を向け、エキゾチックな大冒険に胸を躍らせる
地方に住む友人のアーティストは言う。「都市化は進んでいる」と
資本主義経済お化けが放つ磁場に、オリエンタリズムは飲み込まれる

NY→東京→名古屋→→→→→
不在の連環は続く。末端に行けば行くほど、都市への羨望は強くなる
胸に響き続ける不在の連環は、重い
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by macaroni-2004 | 2005-01-31 14:15 | 日々の雑記  

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