生きる理由が欲しい

最近、大切な人に「何を求めているの?何をしてほしい?」と聞かれた
特に不満も要望もなかったから、ポカンとした


時間をおいてるうちに思い浮かんだけれど、自分にとって生きる理由になって欲しい
叱咤して頑張れと言ってくれる人の存在はありがたい
誰も頑張れと言ってくれなくなったら生きる理由を失ってしまう

よく鬱病患者に対して頑張れと言うなと言うけれど、もう少し深い意味があるんじゃないだろうか
確かに何もわかってないくせに、頑張れとだけ言う愚図には愕然とする
演劇に例えると、「もっと自然に演技して。」「もっと面白くしてよ。」とだけ言うダメ演出家と同じぐらい愕然とする
何と言ったら演技が変わるかわからないから、なって欲しい姿を口にしてしまうわけだ

とりあえず頑張れと言ってしまう愚図に対して賢い人が「頑張れと言ってはいけない。存在を認めてあげよう」という名文句を発明したのではないだろうか
医学知識はゼロだけど、過去を振り返っても「頑張れ」と励ますのは必ずしもNGだとは思えない
ただ、だいたい「頑張れ」というフレーズを使う人には愚図が多い
なるほど。愚図に頑張れと言われると落ち込むから、頑張れはよくないというのは正解なのか


隣にいる人が一所懸命に生きていて、その人と触発しあって生きていくのが至福の生き方だ
共同体も幻想であれば、自分は1人だというのも幻想なんじゃないか
1人の時もあれば、パートナーがいる時もある
孤独な時もあれば、理解者がいる時だってある


冒頭の設問への解答をすると、第一に仕事をはじめて欲しい
もしくは自分のアート活動を血反吐はいて頑張れ!

ああ、頑張れって言ってる俺は愚図だな
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by macaroni-2004 | 2009-10-04 04:12 | 日々の雑記  

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