10人で10年走る準備を3年かけてしようと思う

今日はお見舞いに行った
差し入れは小向美奈子さんの写真集と電車男のスレをまとめた本にした
大きな公園の眼前に立つ病院の10階からは、とても美しい風景が広がっていた

向かおうとしている所にたどり着くには、気の狂うような力が必要とされる
そんな事は当たり前かもしれないけれど、それを集団で共有するのは極めて難しい
情など使わない熱というのも確実に存在するのだ
大局をみて夢を語りかけることが出来るのは、ただただ約束を守れる人だ

明日は寺院に行って、ニュートラルに戻す時間を過ごそう
これからしばらく、病院行ったり運動したり本を読んだりする時間をとろうと思う
2年前にもこんな時間があったけれど、なかなか良い時間の過ごし方だった。あれがあっての今の自分だ
サバティカルと孝行と労働の数年になろう


人生を疾走したところで、向かおうとしている所に行くには100年では足りない
歩いて進んだらおそらく200年あっても足りない
自分に残された時間は、あと30年程度だろうと思う
虚無感にぽかんとする

でも、10人で10年歩いたらどうだろうか
いや、10人で10年走ったらどうだろうか
もし、100人で10年歩いたらどうだろうか

しかし、フロンティアを待っているのは、大抵の場合死だ
ほぼ死ぬとわかっている冒険に仲間を連れて行くだけの価値が本当にあるのだろうか
また、その価値を死に行く人に伝えることが出来るのだろうか
その苦悩を抱えてあげることが出来るのだろうか
苦しむ仲間を見る度に苦しい。あなたが私に合わせて苦しむのを見る度に、私は酸素が足りなくなっているんだよ



今、目の前に40年の長距離走をしてきた人がバトンを持っている
あと2・3人が走ってつなげば、向かっている大地にたどり着けるかもしれない
でも、こんな自分に守りながら冒険するだけの力と価値はあるのだろうか

自分に残された時間はたぶん30年
準備や後片付けに使える時間は、どうだろう。10年ぐらいだろうか
これからの3年、とても大切な時間になる
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by macaroni-2004 | 2009-06-18 02:31 | 日々の雑記  

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